悪大臣論

 吉澤ひとみ演じる大臣。王位を我が子のものとすべく、陰謀を張り巡らす。
以前のエントリで「誉める程のものは感じなかった」と書きましたし、僕が見た回ではその意見を
変えるつもりもないのですが、いろいろサイト巡回して以下の情報を得ました。
・1日(初日)に見た人は、「よっすぃ〜の大臣の歌はかなり良かった」という意見だったこと
・15日辺りの感想で、「よっすぃ〜疲れてない? 声がかすれてた」というのがあったこと
舞台は生き物ですから、役者の調子の良し悪しで変わってきますよね。本来はダメですけど、
でも彼女は本職のミュージカル女優でもないので、ある程度は大目に見ないとダメかな・・・・。
 一方、彼女の責任とは全く関係のないところで、まず最初の顔合わせで木村氏は
「アドリブとかそんなのは必要ない。演出家が全て。その指示には絶対従ってもらう」と言っていました。
大臣のキャラづけは木村氏が指示したもので、よっすぃ〜がそれを超えることは許されていません。
では、木村氏のキャラづけした大臣像はどこから、というと、当然手塚治虫からでしょうね。
手塚治虫は、『ブッダ』や『ルードヴィヒB』のような歴史作品もあり、歴史的事実を踏まえて
人間像を作ることはできます。しかし、一方で不要と思ったら、一切の説明を廃して、デフォルメして
しまうこともします。以前引用した『火の鳥・未来編』で、どうしてヤマトとレングートの戦争なのに
他の都市も同時に滅亡したのか、結果だけで何の説明もありません。おそらく不要だったからです。
リボンの騎士』という少女漫画において、大臣は「典型的な」悪役でありさえすれば良く、
例えば僕が考えるような背景は「不要」であったと思います。ゆえに、よっすぃ〜は、あの世界で
求められた大臣像を演じた、それ以上はしなかった(その枠内では出来に良し悪しはあったようだ)でしょう。


 僕が考える大臣の人物像、背景、それについてちょっと語ってみます。
子供の時に見たNHKのアニメ「三銃士」に出たリシュリュー卿こそが、僕のイメージする悪大臣なんです。
(彼は枢機卿だけど) リシュリューは無能じゃないですし、王に対しては忠誠を誓っています。
また、自ら軽はずみに動くことはせず、手下(ミレディとロシュフォール)を動かして王妃を陥れようと
画策します。
 もう一つ、悪役としてイメージにあるのは、漫画「風雲児たち」(みなもと太郎)に出てきた、
一橋治匡(ひとつばし・はるさだ)です。この人は(漫画内ですが)、十一代将軍に自分の子・家斉を
継がせるべく画策するのですが、表に出てくるのは部下だけで、本人はシルエットしか出てきません。
将軍候補の一人で優秀な田安家の次男を無理やり白河松平家に養子に出す(後の松平定信)、
十代将軍の側近・田沼意次をその松平定信を使って破滅させる、家斉が将軍を継いだことから
自らは大御所になろうとする、その企みが失敗すると首謀者松平定信も使い捨てる、等々。
あくまでもあの漫画中の人物像ですが、襖の奥の影は、自ら動かずに歴史を動かし続けた。
それらのイメージからすれば、よっすぃ〜の大臣は、オーバーアクションかな、と。
(威厳を出して、軽はずみに動かないのが理想。でも、そうすれば演出変わるし、話のバランスを
崩す可能性があるので、そうした方が良かったとは思いません。あくまでも、悪大臣とは、という話)
 歴史上、「リボンの騎士」のように大臣(もしかしたら叔父・甥関係。手塚作品ではそうですが)が
君主を廃して王位・帝位についたのは珍しくないんです。日本では、大海人皇子が兄・天智天皇の子・大友皇子
滅ぼして皇位についていますし(壬申の乱)、それ以前には曽我氏が天皇を何人も変えて、自分の姪にあたる
推古天皇を即位させています。叔父・甥関係では、豊臣秀吉が甥・秀次を失脚させて我が子に家督
渡した例もありますね。中国では「易姓革命」で、実権を握った大臣が皇帝に譲位させています。
血族だけで見ても、明の永楽帝は甥を滅ぼして三代皇帝になっています。また、春秋戦国時代には
公子光は甥の呉王僚を殺害して即位しています(闔閭(こうりょ)。孫子が仕えた王)。
ヨーロッパでも、薔薇戦争末期・ヨーク朝のリチャード3世は甥のエドワード5世を廃して王位についています
シェークスピアによって、思いっきり悪役に描かれる始末)。
これらから歴史上、追い落とした側は、良い悪い問わず、かなり強烈な個性を持っています。
こうした強力な簒奪者としての個性が欲しかった! よっすぃ〜ならやれたはず!!


・・・・以上は20日時点での感想でした。今はまた考えが変わりました。上で挙げたような大臣なら、
よっすぃ〜も演じやすかったんじゃないかな?むしろ凡庸な大臣の方が、演じる上で難しかったのでは
ないかな? そう思っています。物語は、大臣が主人公ではなく、サファイアが主人公。
しかし、必要な悪役として目立たねばならず、かといって本当に目立つと「舞台を簒奪」して
しまいますから。
 日本の歴史では、小鹿範満(こじかのりみつ)というのがいまして、今川義忠が不慮の死を遂げ、
長子・氏親がまだ幼少という時に、今川家の家督を継いだ男です。氏親が17歳になったら家督を渡す
約束を果たさず、伊勢宗瑞(後の北条早雲)によって滅ぼされています。北条早雲出世の引き立て役です。
よっすぃ〜の大臣は、能力だの役回りだの人物の大きさ的には、この小鹿範満級かもしれませんが、
その役を演じきった、そしてそれは難しいことだった、木村氏の求めに見事に応じた、という評価です。
不要だからステロタイプな悪大臣になったのではなく、必然的にこういう役にした、これは穿ち過ぎな
感想でしょうかね。ともかくも、20日の時点(書いたのは21日ですが)で、先走ってここまで
ツッコミ入れなくて良かったと、今は思っています。
 そういう意味で、よっすぃ〜、お疲れさまでした。願わくば、早い時期での(疲れていた、と
見られていない時期の)演技も見てみたいです。DVDに期待ですかね。